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緑色のグラスの破片みたい、とがっていて透明に光った空
浮かぶ飛行機雲の弱弱しい軌跡を僕は蒼い少女と眺めていた。
隣でたたずむ彼女はその飛行機雲のラインを細い人差し指で、
何度も何度も愛でるように撫でるようになぞっていた。


僕から逃げないように
彼女の細い夏焼けた左の手首を
青いひもで結わえておいた
僕の右手にもう片一方を結んだ。


僕は歩く、
夏空が翳っていても
暑さが地を這っても、だるさが腐り始めた足首をつかんでも 
幼い細い彼女を道連れに、
財布も電話も鍵も持たずに
僕は歩く


毎分ごと 気持ちの変化する時
振り返って彼女を見る
まだ憂いが満ちてきてはいない
未成長の表情を僕は自分の胸に、心に引き寄せるように
彼女の顔を無作法に触る


風が吹いて、彼女の帽子は飛ばされた、
僕はとりに行かなかったし、彼女も特にそれを必要としていなかった。
帽子が外れることでまとまっていた髪が風で流された、
ただの茶色の髪が、友禅流しのように色鮮やかにみえた。


次の自販機で、飲み物を買って欲しいと彼女は言った
僕はポケットに入ってる小銭を指で数えた
赤い古い錆びた自販機が、陽炎で歪んでいた。
僕は小銭を入れて、どれがいい?と聞いた
彼女は指をさしたので、僕はボタンを押した
ガコンと飲み物がおちてきた。
彼女に渡した。


蝉時雨がどうあがいても鳴り止まない
僕がどう思考しても静寂はまだ僕にたどり着けない。


低空を大きな飛行機が重い影を広げてゆっくり飛んでいった
低いうねる音を引き連れて


さびたナイフが落ちていた
誰を傷つけて、誰の血で錆びたのか
誰がそれを隠して、誰がそれに気付かない振りをしたのか
何かを好きだという感情は
そんなに綺麗ではない
また汚いから正当化できるものでもない
恥ずかしがることでもない
錆びたナイフを僕もよけて歩いた


ふすらわらう軽い雨が徐々に始まってきた
ああ、これが夕立というのだろうか、
雨粒が大きくて、明るくて、


丁度3分前に腕時計の電池が切れて針が止まっていた。
不確かにセミがいま目の前に落ちて死ぬように死んだ


強い風が吹いた、今止まった


振り返らないで、僕は歩いた。
そういえば彼女の名前を聞いてなくて、振り返ったら
いつの間にか、紐は外れていて
蒼い彼女はいなくなった。


彼女がいない景色には
一面に蒼茫が広がっていた。