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踏むごとに歩むごと沈むごとに翳った泥濘が溜まっていく
影になって、だんだん人型になっていく
人の形になったら、影から青白い静脈が走った手が伸びてくる
その少し震えたは手は助けを求める手だ、
僕はそれをいつも待っている、町内にまだ人がいない影を探しに行く
それは薄霧の朝焼けの始発、向かいホームに発生することもあるし
自動販売機とお店のすきまに発生することもある
僕の好きな用水に発生したこともある


−人がいない影の発生の検証を頼みます。
−はい、検証します。


検査官になった僕は職務にまぎれて、
影の真暗いエロティシズムを味わっていった。
影から伸びた手を引き寄せて、
腰に腕を回して、しっかり立たせる。
そして、目が見えるまで、声をかけてあげる。ゆっくり、ゆっくりでいいのだよ
五感が通ってきたら、もう普通の人と同じだ、
もう見分けがつかない、
僕は調査・検証が目的なのに、
影が完成することに手を貸しつづけた。


青空がただただ、沈黙して広がっていて 
秋にしては空気が透明で、僕みたいに喘息気味な肺でも呼吸が楽で
この空は黒癌が侵攻していて
僕の目のレンズに映る光が冷たく
今日もビル越しに見る街の疲労を一身に受けた夕日を浴びて、
僕が影を媒介していることを知っているのは僕だけで
野田中の校庭で発生した影に僕は特別な事を内緒にした
セミが羽化中に死ぬみたいに
あれはとても美しいなと思っていた


僕は今日も影が生まれるのをバス停のベンチとかで膝を抱えて待っている
半年振りに会う彼女の髪が伸びていて、
髪が伸びたね、といいそうになったけど
ばかっぽくて恥ずかしくなってやめた
彼女が行かないでねといったけど、僕はこの街に帰ってきてしまった
ほれ込みVerliebtheitをされた僕は
彼女の一部になることを拒否したし
物理的に離れた
美しさと気持ちよさに酔いたかった
彼女は僕の前で息を止めて自殺しようとした。
生ぬるい風と、甘い雨と、許されない業務違反
僕は彼女に会いたかった、それだけで良かったし
彼女が虎元ビルの最上階に待っていると言っていた
僕はそれも行かなかった
影を探すのもやめた
目の前に発生したら気まぐれにもてあそんだ、影も犯した
秋風で雲たなびいて、それは心の色彩をスライドさせた、
危険と安全は考えなかった
僕のすべてをあげたかった
守りたかった
ぼくはそれは一ミリの差でやらなかった


弱い心に負けた
弱い心に負けた責任も放棄した
いろんな事が、脱力していった、